かつて、このプールの左岸に位置する岩には、水位計が設置されていた
そして対岸からは大きな柳の木が張り出し、その枝がプールを覆うように被さっていた
その枝が作り出す淡い影の中で、大きなアマゴが悠々とライズを繰り返し、流れ込みの脇では何匹ものイワナが底に定位していた
そんな姿を見て素通りできる釣り人などいないだろう
かくして、この”水位計プール”にはいつも釣り人の姿があった
餌釣り師は岩の上から枝に気をつけて慎重にダウンで流し、フライマンなら下流から枝の下めがけて水面ギリギリのサイドキャストを繰り返していた
自分は”最後まで”この水位計プールでは釣れなかった
何度かフッキングしたことはあったがすべてバラしてしまった
何度も何度もフライを絡め取られた枝を気にしてしまい、無意識に合わせが小さくなっていたのかもしれない
でも、この岩の上からアマゴやイワナの姿を見ながら弁当を食べていると、不思議と幸せな気持ちになったものだった
ある日、そんなこのプールに棲む魚達を”守って”いた柳がボッキリと折れていた
岩に刺さっていた水位計も跡形もなく消えていた
東海豪雨が魚もろとも流し去ってしまったのだ
時間の経過とともに、日当たりのいい”普通のプール”になってしまったこのポイントにも魚は戻ってきた
しかし、釣り鉤から魚を守ってくれる柳の枝はもうない
駐車スペース、それに入渓路の直下にあるこのプールでは、その姿が見えたなら釣り人の格好のターゲット…ここに残っているのはそんな”獲物”としての魅力の薄い小型のアマゴばかりになっていった
『あの頃のように、ここで魚を見て(川から)上がろう』
そう思い、今年初めての大名倉釣行となったこの日、岩の上からすっかり浅くなってしまったプールをのぞき込んだ
すると、流線型の影が川底に落ちていた
そしてそのすぐ上には、一目見てそれとわかる魚の姿があった
『イワナだ!』
慌ててティペットをセットし直し、ニンフを底まで流し込んだ
何度目かのキャストに、イワナがついに口を使った…
リリースすると、イワナはそのプールではなく下流の瀬に去っていった
”丸見え”のプールを拒絶したその姿に一瞬安堵しながらも、すぐにまた暗澹たる気持ちになった
『ここも…下流も…結局は沈んじゃうんだよ』
車に戻り、ものの1~2分も下流に走ると、緑の里におよそふさわしくない紅白の看板が見える
”標高450m地点”
『ハッキリ書いたらいいじゃないか…”ここが水没ラインです”って…』
さらに数分走ると、旧田口線の終点だった田口駅舎が見えた
そこには、漁協が主だった釣りポイントに付けた名称が記された看板が立っていた
”駅裏”
鉄道なんて、もう40年近く前に無くなった
駅舎だって、明日崩壊するかもしれないし、そもそもこれが”駅”だったなんて想像すらできないのに…それでも、このポイント”駅裏”なのだ
『そうか…それでいいじゃないか…』
水位計が無くなっても、あのプールは自分にとって”水位計プール”なのだ
そしてこの素晴らしい渓は、たとえダムの底に沈もうと、いつまでも”大名倉”だ
*today's tackle
rod:Rightstaff 7'10 #3 (CFF)
reel:TR-L "solid" (abel)
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