ペドロサはロッシだけを見ていた
その視線は正面を見据えているように見えても、彼の網膜には自分の右後方のグリッドにいるバレンティーノ・ロッシの姿が焼き付いていた
ロッシは1コーナーだけを見ていた
その顔はヘルメットのシールド越しにはダニ・ペドロサの方を向いているように見えても、そのミラーコーティングされたシールドの内側には、去年自らがハジき飛ばされた1コーナーが映し出されていた
そしてシグナルがブラックアウトし1コーナーをクリアすると、ロッシはもう何も恐れていなかった
もしかしたら、前にいるのがダニであることにさえ気づいていなかったかもしれない
ただ自分の前を走っていた1台のバイクを抜き去ると、後はチェッカーまでひたすらに自分と闘い続けた。この半年間、”一度も勝てないライダー”だった自分と…
たとえ後ろにいるライダーに自らの持てるポテンシャルの全てを見られようと構わないと思っていたはずだ
何故なら、その”全て”を出し切った瞬間こそ、バレンティーノ・ロッシというライダーが世界最高のライダーであるという事実を知らしめることになると信じていたからだ
1年前アクシデントに沈み、2年前にはセテ・ジベルノーとの接触による決着で大ブーイングを浴びたこのヘレスだからこそ、全てを出し切って、そして勝たなくてはならない…そんな強烈な意志を感じさせる27ラップだった
そんなロッシに、ペドロサもまた凄まじい気迫でついていった
ちょうど1年前、”勝てたはず”のレースでカピロッシを「見て」しまった彼は、この日ロッシだけを見続け、そして今度こそ”勝てる”と信じて食らい付いていった
リアをダートに落とそうと、フロントがグリップを失いかけようと、怯むことなくスロットルを開け続けた
数十メートルの距離を置いてナイフの上を走るように緊張感に包まれた2人に、ヘレスに吹く”シロッコ”がちょっとした悪戯を仕掛けた
スタンドから舞い込んできたゴミ袋が、ロッシの走行ライン上に落ちてきたのだ
しかし、ロッシは微動だにせず、そのままフルスピードでレコードラインを駆け抜けた。まるでそんなゴミになど気がつかなかったかのように…
一方、走り去ったロッシが巻き上げた物体が目に入った瞬間、ペドロサはほんの一瞬躊躇したに違いない
この出来事を境に、2人のタイム差は確実に開いていった
半年ぶりの勝利、半年ぶりのパフォーマンス…そして何よりも”自信”を取り戻したバレンティーノ・ロッシ
1年の時を経て、ついにフルアタックのロッシに手が届くところまでたどり着いたダニ・ペドロサ
還ってきた”絶対王者”に対し、進化した”若き才能”は、もう何年もグランプリが待ち望んでいた”ライバル”になり得るのか?
始まったばかりのシーズンは、いきなりクライマックスを迎えたかのように熱く、そして激しい
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