”エース” それは…
ダニ・ペドロサがチームのメインスポンサーの本拠地がある国の出身でも、アンドレア・ドヴィツィオーゾがそのマシンのメーカーと10年ほどの付き合いがあろうとも、その座を手にすることができるのはコース上で一番速いライダー…つまり自分であるはずだった
ケーシー・ストーナーは久しぶりのホンダに跨ると、開幕前のテストから当たり前のようにトップタイムを連発した
シーズンが始まるとその勢いのまま勝利とポイントを重ねていった
調子の上がらない”かつてのライバル”バレンティーノ・ロッシがドカティのマシンに苦闘する姿を嘲笑し、そのロッシの転倒に巻き込まれてリタイヤした後には、謝罪に訪れたロッシに体調を気遣うようなコメントさえ吐かせた”エースの余裕”…
誰もがこの新しいホンダの”エース”が、このまま王座にむかって勝ち続けていくだろうと思っていた
そしてストーナー本人も思っていただろう
『あの時の自分とは違う…どこまでも食い下がってくるロッシのプレッシャーに負け、転倒を繰り返した2008年とは…』と
その絶対的な速さが小さなほころびを見せたのはアッセンだった
オープニングラップのアクシデントで一瞬開いたベン・スピーズとの差…
その3秒が、どんなに攻め続けても取り戻せなかった
最強のマシンに乗る最速のエースが、パワーで劣っていると思っていたマシンに乗る”ナンバー2”に力でねじ伏せられたのだ
さらに、予選2番手となったそのスピーズにコンマ5秒ほどの差をつけてポール・ポジションを獲得したムジェロでは、そのほころびがはっきりと目に見えるほどの大きさになっていた
レース中盤までトップを快走し、あと少しで逃げ切りパターンに持ち込めるはずだった
しかし、猛然とスパートする”ヤマハのエース”ホルヘ・ロレンゾにあっけなくかわされると、最後には”ナンバー3”のドヴィツィオーゾにも抜かれてしまった
だからこそ、このドイツでは誰が”エース”なのかをはっきりとさせなければならなかった
病み上がりの前エースを抜き、前戦で屈辱を味わわされたナンバー3を抜き、そしてヤマハのエースをかわすと後はチェッカーまで攻め続けるだけだった
しかし、またしても悪夢が蘇る
どんなにマシンにムチを入れても離れない2人…
トップに立ったペドロサがスパートすると、ロレンゾとの2位争いにも自らミスで敗れた”ガラスのエース”…
プライベートのRC211でロッシに食い下がり、デスモセディッチを世界でただ一人乗りこなした彼が、最強のマシンを得て初めてぶつかった壁…
『ケーシーは開発なんてしてなかった』
シーズン序盤の”舌戦”の最中にロッシが放ったこの言葉に対して、ストーナーが今後のリザルトで反論できなければ、タイトルはおろか憧れだったホンダワークスのエースの座さえも、彼の手から滑り落ちてしまうだろう