"魂" (MotoGP 2011 Round-13 SAM MARINO)
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 今シーズン、初めて見せた”攻めの走り”
 そして、ジリジリと後方に埋もれていく”見慣れた光景”・・・

 この日バレンティーノ・ロッシが見せた2つのシーンは、モーターサイクル・レースを戦うライダーにとって、決定的に重要な要素が何であるかをあらためて突きつけた。それは…

 1990年、最終戦のフィリップアイランドは、ついに前戦ハンガリーで初優勝を飾ったホンダの”新エース”、ミック・ドゥーハンの母国凱旋に沸きかえっていた

 ウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツという傑出した天才2人に対し、一歩も引かない激しいライディングを身上とするこの若きオージーの一挙手一投足に、サーキット中の注目が集まっていた

 しかし、勝ったのはドゥーハンでも、レイニーでも、シュワンツでもなかった 

c0041105_121268.jpg 満身創痍の”かつてのチャンピオン”、ワイン・ガードナーがカウルの外れかけたマシンで見せた”魂の走り”は、このスポーツが戦闘力の高いマシンや恵まれた才能だけで競うものではないことをハッキリと見せてくれた

 まさにこの日の序盤のロッシのように、ホームタウンGPという特別な舞台で発揮された特別な力…それはロッシがまだ”錆び付いていない”ことを証明したかに見えたのだが…

 マルコ・シモンチェリに差された時のロッシの姿もまた、かつて見たシーンに酷似していた

 あの伝説的バトルの1989年、鈴鹿

 そこで、本来なら話題を独占するハズだった一人の”かつてのチャンピオン”の復活…
 全盛期を思わせるロケットスタートで大観衆を沸かせたフレディ・スペンサーは、なんとかトップグループに食らいついていた

 しかしヘアピンの入り口でケビン・マギーにインを差された時、スペンサーは驚いたように挙動を乱した

c0041105_174979.jpg 83年にはここからスプーンカーブまでブラックマークを引いて走った彼は、まるで”抜かれる”ということをまったく想定していなかったような反応を見せていた

 その後マギーと何度か順位を入れ替えたものの、不可解なコースアウトを何度か繰り返してはまたペースを上げるという不安定な走りでレースを終えた彼は、次戦以降も瞬間的な速さと脆さを見せながら、やがてグランプリを去っていった

 これまで幾多のバトルを制してきたロッシが、この日抜かれる際に見せた挙動と、その後の淡白な走り…

 ”ハンティング”の対象となったハンターが、その恐怖に耐えられなくなった時には、たとえどんなに優れた道具や技術を持っていても生き延びることができないという事もはっきりと見せたレースだった

 はたして、バレンティーノ・ロッシはこのままスペンサーのようにフェイド・アウトしてしまうのか?

 それとも、ガードナーのように再び勝利を手にすることができるのか?

 ただ、あのフィリップアイランドの激走の後のガードナーの唯一の勝利となった92年のドニントン…
 その魂の走りの原動力は、”ホーム”ではなく”引退”だったのだが…

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# by taros_magazine | 2011-09-18 01:01 | motorcycle diary
"Apocalypse" (MotoGP 2011 Round-12 INDIANAPOLIS)
c0041105_2174045.jpg この虚しさは何なんだろう?

 目の前では久しく目にしていなかった”天才”が、その持てる能力を思う存分発揮し、驚異的なスピードでトラックを駆け抜けているというのに…

 それは以前から言われているような、ケーシー・ストーナーというライダーの他を寄せ付けない圧倒的な勝ち方が原因ではない

 バレンティーノ・ロッシが相も変わらずぎこちない走りで下位争いに終始しているからでもない

 多くのライダーのヘルメットに、レザースーツに、そしてマシンに貼り付けられた白地に赤の国旗がカメラに映し出されるたびにこみ上げてくる、この言いようのない気持ち…

 3月11日のあの出来事以降、被災した人ばかりではなく私たち日本人全てが、世界中から寄せられる支援とメッセージにどれほど勇気づけられたことだろう

 とりわけ日本と関わりの深いモーターサイクル・ロードレースの最高峰の舞台では、ライダー達がさまざまな手段でそれぞれの母国のファンに対して日本への支援を呼びかけてくれた
 
 しかし今、”復興の象徴”として開催されるはずだった”日いづる国”のグランプリは、メーカーや統括団体への忠誠心を計る”踏み絵”のようになってしまった…

c0041105_2175481.jpg 『300km/hでのクラッシュをも恐れないライダーが0.14μsv/hの放射線が怖いのか?』
 『日本から伝わってくる情報はウソばかりじゃないか!』 
 『フクシマじゃ何十万人もの人が普通に生活してるんだぜ?』
 『チェルノブイリの時には強制避難するほどの放射線量だろう!』

 誰が正しいのか、何が真実なのか、おそらく回答などない議論が9月30日が迫るにつれて感情論にかわっていく…

 震災のことなどひと時忘れて、世界のトップライダーたちの走りに酔うはずだった3日間も、今となっては開催の可否も含めて、どんな結末になろうとも決して後味の良いものになるとは思えない

 『日本には行きたくない』というライダーたちを非難しようとは思わない

 そういう彼らに失望するファンの気持ちも十分に理解できるつもりだ

 誰も悪くないのだ
 誰もが、この忌まわしい出来事に苦しんでいるのだ

 遠くアメリカの”モータースポーツの聖地”では、誰もが思い思いのスタイルでレースをエンジョイしていた

 はたして日本で、そこに集まったファン達が心からの大歓声をあげることができる日はいつのことになるのだろうか?

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# by taros_magazine | 2011-09-02 16:39 | motorcycle diary
"Satisfaction" (MotoGP 2011 Round-11 Czech)
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 自分達が前に進めば、ライバル達はそれよりもさらに前へと進む
 自分達がコンマ5秒削れば、ライバル達は1秒削ってくる…

 バレンティーノ・ロッシがこんな迷宮に入り込んでから、もう8ヶ月が過ぎた
 
 ライバルはストーナーでもロレンソでもペドロサでもない
 シーズン当初は何とか手の届いたドヴィツィオーゾやシモンチェリですら、今では追いかけるのも難しくなってしまった

 コース外での発言も、『いまに見てろよ』的なものはすっかり鳴りを潜め、困難な状況の中にある米粒ほどの希望を語るだけになってしまった


c0041105_23525935.jpg それでも、このブルノの状況は違うものになるはずだった

 20日間のサマーブレイク、それは急造のGP11.1を熟成させる願っても無いインターバルになるはずだった

 そして迎えた土曜
 これまでカタルニア以外ではすべて”秒”差だった予選タイムは、ポールのペドロサから0.776秒差まで迫ってみせた

 それは、デスモセディチ×ストーナーを相手にタイトルを奪還した2008年を思えば、十分”射程距離”と言っていいほどのタイム差だった

 意気上がるドゥカティ陣営…しかしそれもレーススタートまでだった

 スタートダッシュに失敗すると、いとも簡単にホンダとヤマハのワークスマシンに先行を許すいつもの展開となった

c0041105_23531837.jpg 独走するストーナーには逃げられたが、表彰台を窺うベン・スピーズのテールに迫った、とは言うものの、逆に後からはスズキのバウティスタが猛然と突っつかれていた

 そして何よりもロッシが置かれている状況の深刻さを物語るのが、そのレース後の当のロッシのコメントだった

 このリザルトを『とてもうれしい』と表現し、マシンの改善に満足していると言うのだ

 昨年、このブルノで転倒した後、誰はばかることなく全身で”怒り”を表現した彼が、これまで9つの世界タイトルを獲得した伝説的ライダーが、昨年まで常に優勝争いに絡んでいたマシンに跨り、そして今、トップと10秒以上離された6位を大いに喜んでいるのだ

 はたして、この先表彰台へ、そして勝利へと進むために一体どれほどのマシンの進歩と時間が必要だというのか…
 
 まるで途方も無く遠い目標に対し、見ないフリを決め込んだかのように、小さな喜びをみつけてはポジティブなコメントを繰り返す姿は、かつて勝てないレースの中でもブリジストンタイヤの特性を掴もうとしていた頃に口にしていた発言と、言葉こそ同じではあるがそこに込められた”気持ち”がまったく違っているように思えてならない

c0041105_23505833.jpg 確かに、この日の彼の走りとリザルトに対する評価は分かれるかもしれない

 しかし、彼のレース後のコメントが”現実逃避”でないならば、その真偽はインディアナで明らかになるだろう

 そして、そのレース後のロッシのコメントの中にこそ、これまで覆い隠してきた本心が見えるはずだ
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# by taros_magazine | 2011-08-27 23:58 | motorcycle diary
"myth" (MotoGP 2011 Round-10 United States)
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 1970年代、ケニー・ロバーツの登場がその幕開けだった

 ヨーロピアンが集う”クラブ”の中で、その発言やパドックでの過ごし方、そして何よりその突出した速さから”異星人”と称されたこのアメリカ人の成功こそが、その神話の始まりだった

 そのケニーと入れ替わるように現れたフレディ・スペンサーは、まさにその神話を具現化したライダーだった

 コース上で見せる誰にも真似することのできない圧倒的なライディングと、それに相反するように繊細でミステリアスな私生活…彼もまた神話だった

c0041105_2343930.jpg ほどなくグランプリ最高峰は、アメリカ人の独壇場となった

 100キロ少々の車体とプアなタイヤ、そこに搭載されたピークパワー重視のエンジン…そんなモンスターマシンを、エディ・ローソン、ウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツらはまったく苦にしないどころか、そのコントロールを楽しんでいるかのように操り、勝ち続けた

 『ダートトラックをルーツに持つ彼らならではの速さだ』

 『いや、AMAの荒れた路面での経験が活きているんだ』

 『無駄にコーナーリングスピードを追求せず、ラップタイムをトータルで稼ぐという発想こそ画期的だ』

 彼らの速さを目の当たりにするたびに多くの人が様々な考察をしてみせたが、そこで交わされるどんな説も彼らの異次元の走りを裏付けているようには思えなかった

 ”アメリカン神話”

c0041105_235683.jpg 突如として現れては驚異的な速さを見せつけ、涼しい顔で勝利をさらっていくアメリカン達…いつしか彼らの母国を”神話の世界”としてとらえることが、彼らの速さを説明できる唯一の理論になっていった

 しかしジョン・コシンスキーを最後に、神話といえるほどの衝撃を与えるライダーは現れなかった
 そして神話は南半球やラテンの国のライダー個人へと移り変わっていった

 そんなミック・ドゥーハンの王朝以降、グランプリでは目にすることのできなくなったこの神話の久々の継承者を、ある日ワールド・スーパーバイク選手権で目撃した

 スポット参戦でのいきなりの勝利、ワークスのエース、トロイ・ベイリスを豪快なドリフトで追い詰めるライディング…
 ベン・ボストロムはまさしく神話の国からやってきたライダーに見えた

 しかしベイリスやコーリン・エドワーズ、さらには後輩のニッキー・ヘイデンがMotoGPにコンバートしていく中、マシンやスポンサーという”現実”の部分でほんの少し運が足りなかったボストロムは、WSBからAMAへと静かに戻っていった

c0041105_2352770.jpg その彼が10年の時を経て遂に上がってきた最高峰の舞台…しかしそこに用意されていたのはあまりに無情なシナリオだった

 Moto2の王者をもってしてもブービーが御の字というマシンをシェアしての参戦…

 フリー走行・予選と後方から迫ってくるレギュラーライダーの邪魔にならないことだけに神経を使いながら過ごし、『せめて決勝だけでも気持ちよく』と臨んだレースも、コースアウトした後はマシンをいたわるかのように走り、そしてチェッカーをあきらめてピットへと戻っていった

 ”10年前だったら…。せめてプラマックかグレシーニのマシンだったら…”
 
 いや、おそらく結果は大きくは違わなかっただろう  

  ”アメリカン神話”

 それは、類まれな才能と時の運に恵まれた一握りのライダーの輝きが創り出した”幻想”だったのだろうか?

 あるいは、もうひとりの”ベン”による第二章があるのだろうか
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# by taros_magazine | 2011-08-27 23:08 | motorcycle diary
" #1 " (MotoGP 2011 Round-9 GERMANY)
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 ”エース” それは…

 ダニ・ペドロサがチームのメインスポンサーの本拠地がある国の出身でも、アンドレア・ドヴィツィオーゾがそのマシンのメーカーと10年ほどの付き合いがあろうとも、その座を手にすることができるのはコース上で一番速いライダー…つまり自分であるはずだった

 ケーシー・ストーナーは久しぶりのホンダに跨ると、開幕前のテストから当たり前のようにトップタイムを連発した

c0041105_22451123.jpg シーズンが始まるとその勢いのまま勝利とポイントを重ねていった

 調子の上がらない”かつてのライバル”バレンティーノ・ロッシがドカティのマシンに苦闘する姿を嘲笑し、そのロッシの転倒に巻き込まれてリタイヤした後には、謝罪に訪れたロッシに体調を気遣うようなコメントさえ吐かせた”エースの余裕”…

 誰もがこの新しいホンダの”エース”が、このまま王座にむかって勝ち続けていくだろうと思っていた

 そしてストーナー本人も思っていただろう
 『あの時の自分とは違う…どこまでも食い下がってくるロッシのプレッシャーに負け、転倒を繰り返した2008年とは…』と

 その絶対的な速さが小さなほころびを見せたのはアッセンだった

c0041105_22461421.jpg オープニングラップのアクシデントで一瞬開いたベン・スピーズとの差…
 その3秒が、どんなに攻め続けても取り戻せなかった

 最強のマシンに乗る最速のエースが、パワーで劣っていると思っていたマシンに乗る”ナンバー2”に力でねじ伏せられたのだ

 さらに、予選2番手となったそのスピーズにコンマ5秒ほどの差をつけてポール・ポジションを獲得したムジェロでは、そのほころびがはっきりと目に見えるほどの大きさになっていた

 レース中盤までトップを快走し、あと少しで逃げ切りパターンに持ち込めるはずだった

 しかし、猛然とスパートする”ヤマハのエース”ホルヘ・ロレンゾにあっけなくかわされると、最後には”ナンバー3”のドヴィツィオーゾにも抜かれてしまった

 だからこそ、このドイツでは誰が”エース”なのかをはっきりとさせなければならなかった

c0041105_22464998.jpg 病み上がりの前エースを抜き、前戦で屈辱を味わわされたナンバー3を抜き、そしてヤマハのエースをかわすと後はチェッカーまで攻め続けるだけだった

 しかし、またしても悪夢が蘇る

 どんなにマシンにムチを入れても離れない2人…
 トップに立ったペドロサがスパートすると、ロレンゾとの2位争いにも自らミスで敗れた”ガラスのエース”…

 プライベートのRC211でロッシに食い下がり、デスモセディッチを世界でただ一人乗りこなした彼が、最強のマシンを得て初めてぶつかった壁…

 『ケーシーは開発なんてしてなかった』

 シーズン序盤の”舌戦”の最中にロッシが放ったこの言葉に対して、ストーナーが今後のリザルトで反論できなければ、タイトルはおろか憧れだったホンダワークスのエースの座さえも、彼の手から滑り落ちてしまうだろう

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# by taros_magazine | 2011-07-24 22:52 | motorcycle diary