"aftermath" (MotoGP 2012 Round-1 QATAR)
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 ”待ちに待った”はずの開幕戦…しかし、その日を迎えてなお、自分の気持ちは”停滞”ムードを拭い去れないでいた

 オールニューの1000ccマシンの咆哮、久しぶりに7列目まで埋まったグリッド…でも、それらを目の当たりにして感じたのは、期待感ではなくその向こうに透けて見える”大人の事情”だった

 グランプリが曲がり角にさしかかっているのは誰の目にも明らかだ

 カウルの一部にしかスポンサーロゴの見当たらないファクトリーマシン、スペアマシンを用意できないサテライトチーム…

c0041105_16475222.jpg そしてマーケットを拡大する上で絶対的な存在だったバレンティーノ・ロッシの凋落と、次世代のスターになるはずだったマルコ・シモンチェリの悲劇的な事故…

 ドルナがMotoGPの命運を賭けて臨むこの2012年シーズンも、これら有り余るネガティブな要素がもたらす余波を食い止めることはできないと思っていた

 しかし、レースが始まるや否やそんな考えは吹き飛んだ

 まるで王座奪還に執念を燃やすロッシを相手に、言うことを聞かないマシンで驚異的なコントロールを見せていた2008年を思わせるような走りで、ケーシー・ストーナーはRC213Vにムチを入れ続けた

c0041105_16504819.jpg そのストーナーから一時は2秒以上離されたホルヘ・ロレンゾは、すべてのラップで電波時計のように正確かつスーパーハイペースな周回を刻み続け、遂にはそのストーナーを仕留めて見せた

 そして1000ccマシンとのマッチングが不安視されていたダニ・ペドロサは、彼ら2人に一歩も引かない激しい走りで追いすがり、ストレートエンドでストーナーをかわす際にはストーナーがブレーキをかけるまで自分はレバーを引かないと決めていたようなアクロバティックなブレーキングを決めて見せた

 終わってみれば、表彰台の顔ぶれはいつもとまったく変わり映えのしないものだった

 しかし、そこに至るレース内容の濃さはおそらく多くのファンの予想を遥かに超えていただろう

 昨シーズンまでに、既に他のライダー達との”格”の違いを見せていた3人…しかし、そのレベルは彼らにとって通過点でしかなかったのだ

 3人の技術には一層磨きがかかり、その勝利への執念は一段と激しいものとなり、そしてその激しさ故にさらなる高みへと己の走りの次元を上げていく”天上のバトル”

c0041105_1649056.jpg レースを見終わった今は、どうしても胸の高鳴りを押さえられない
 表彰台の3人の姿に、どうしたって”あの時代”をダブらせてしまう

 レイニー、シュワンツ、ドゥーハン…

 20年の時を経て蘇るこの感情…
 
 自分も2012年に賭けてみようと思う



※申し訳ありません、長い間エキサイトの仕様変更についてまったく知りませんでしたので、コメントやファン申請などの機能の設定がめちゃくちゃになっていました。随時対応していきます。ごめんなさい!
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# by taros_magazine | 2012-04-27 22:47 | motorcycle diary
My Life (MotoGP 2011 Round-18 VALENCIA)
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 最終戦独特の波乱の予感も、サーキットに詰め掛けたスパニッシュの情熱も感じることはなかった

 そこにあったのは、失ったもののあまりの大きさに戸惑うことしかできないライダー達と、これから始まるであろう最高峰のイベントに対して、どうやって気持ちを高めていけばいいのかわからないファン達の姿だった

c0041105_15515029.jpg しかも、あろうことかレースはその去就すら取り沙汰されたバレンティーノ・ロッシや、スズキワークス最後のレースとなった地元のアルバロ・バウティスタら4人がスタート直後にクラッシュするという凄惨な幕開けになってしまった

 しかしコースに残った12人が見せたファイトは素晴らしいものだった
 
 何も無理をする必要のないケーシー・ストーナーが、悪条件の中王者のプライドを賭けてベン・スピーズを追い上げ、最後の最後に大逆転するというドラマチックなフィナーレ・・・

 それはまるで、マルコ・シモンチェリというスターを失ったグランプリを、残されたライダー達が一丸となって盛り上げていこうという強い意思を感じさせるようなレースだった

 ”グランプリはこれからも走り続ける”
 
c0041105_2375917.jpg 今まで疑いもしなかった、そんな当たり前のこと…

 それすらも揺らいでいた自分の心に、バレンシアでのフィナーレは少しだけ希望を取り戻させてくれた

 だから今、シモンチェリと同じようにレース中のアクシデントで命を落としてしまった一人のレーサーの言葉で、悲しいシーズンに別れを告げると同時に、来るべきシーズンが素晴らしいものであることを祈りたい

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” 様々な思いが頭をよぎった

 でもやめることなどできない

 たとえ あんな不幸を見てしまった後でも…

 何とか気持ちを整理して

 現場を離れ マシンに乗り込み再び走り出した

 そして さらにいい走りを目指した

c0041105_238546.jpg そうすることでしか

 あの衝撃を振り払うことができないからだ

 恐怖と一緒に捨てるわけにはいかない

 僕の目標 僕の目的、情熱 そして夢を…

 これが僕の人生だ "

 
  Ayrton Senna da Silva ( 1960 - 1994 )

※1990年、スペインGPでのマーチン・ドネリーの大クラッシュの後で
   (映画『アイルトン・セナ 音速の彼方へ』より)

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 彼らの人生が、喜びにつつまれたものでありますように…

 そして、グランプリが心から楽しめるものでありますように…


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# by taros_magazine | 2012-01-13 15:55 | motorcycle diary
too many to tell…(MotoGP 2011 Round-17 MALAYSIA)
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 若井のときも、大治郎のときも…そして祥也のときも同じだった

 国内で走っている時から、下のカテゴリーで走っている頃から見ていたから…
 雑誌やネット、それにサーキットで、テレビ中継とは違う一面を知っていたから…
 そして何より、日本のライダーだから…

 だから、こんなに悲しいんだと思った

 でも、そうじゃなかった

 250cc時代、あれだけラフ・ファイトを批判したのに
 MotoGPでもロレンゾを巻き込み、ダニを怪我させ…

 なのに、彼のヘルメットがコースサイドを転がっていく最悪のシーンを見た時から、ただただ奇跡を祈り続けた。大治郎や祥也のときと同じように…

 マルコ・シモンチェリは、まぎれもなくグランプリファミリーの一員だった

 パドックでは誰よりも気さくにファンと接し、一触即発だったあのロレンゾとの舌戦でも思いもつかないようなジョークで一瞬で会見場を和ませた

 そんなシッチを、いつのまにか大好きになっていた
 
 だから、彼がいなくなってしまった今、またあのときと同じように深い悲しみがこみ上げ、耐えがたい喪失感に襲われている


 でも、きっとシッチも大治郎たちも、同じ気持ちで旅立っていったと信じたい

 『レースが大好き』だった自分の事故で、ファンが減ったりグランプリが衰退することを望んでいないだろうと…
 
 だから、これからもモーターサイクル・ロードレースを好きであり続けようと思う

 だから、ものすごく寂しいけれど、君のいないレースも見ることにするよ

 
 ありがとうシッチ、安らかに…

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# by taros_magazine | 2011-10-28 23:27 | motorcycle diary
" Casey Stoner " (MotoGP 2011 Round-16 AUSTRALIA)
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 この日のフィリップアイランドでのケーシー・ストーナーの走りを見ながら、子供の頃に本で読んだ不思議な話を思い出した

 ある日、イギリス近海で沈没したフェリーからただ一人生き残った泳げなかった乗客
 それから100年ほど後、やはり同じ海域で沈没したフェリーからただ一人救助された泳げなかった船医
 さらにテムズ川で難破した遊覧船から唯一救助された男の子
 そしてさらに数十年後の第二次大戦中、機雷に触れて沈没した漁船から救助された2名のおじとおい…

 この助かった人が全て同じ名前だった、という話だ

 どこまでが本当なのかは今となっては知る由も無い”絶対に水で死なない名前”の話…

 常識や科学では説明できない、何か超自然的な不思議な力が特定の人にだけ作用する…そんなことが、もしかしたら本当にあるのかもしれない…そんな気にさせるほど、ストーナーの走りは特別だった
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 本当なら、かなり高いハードルだったはずの”母国GPでのタイトル決定”も、ホルヘ・ロレンゾのクラッシュと負傷で一気に現実味を帯びた

 強風と寒気で誰もがマシンのコントロールに苦しむ中、ラップごとに1秒近く後続との差を広げていき、雨粒がコースを叩きはじめ、たちまちサバイバルレースの様相を呈しても、ストーナーだけが悠然と走り続けていた

 そう、この”フィリップアイランドでは、"Casey Stoner"という名前は”絶対に転ばない名前”なのではないのか?そう思ったのだ

 一昨年のバレンティーノ・ロッシとの超接近戦、ガチンコのバトルを仕掛けてきた”王者”ロレンゾを一蹴した去年…

 どちらも”最速・最強”の相手が本気でプッシュしていたにもかかわらず、ストーナーはさらに高いレベルで、それでいてまったく破綻の兆しさえ見せない美しい走りで、彼らを倒してきたのだ

 この日、レース後には『何度も転びそうになった』と笑顔でコメントしたストーナー

 でも、ここでのレース中、彼が転倒することなどこれからもないだろうと思う
 
 彼が"Casey Stoner"である限り… 
 
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# by taros_magazine | 2011-10-28 22:43 | motorcycle diary
the Racer (MotoGP 2011 Round-15 JAPAN)

c0041105_15265957.jpg もはや自分が”勝負できる”コンディションにないことは、7月の8時間耐久レースの時点でわかっていただろう

 それでも、世界最高峰の舞台に立てる喜びに抗うことはできなかった
 他の誰よりも、そして今でもレースを愛しているから…

 伊藤真一が始めてグランプリを走ったのはもう四半世紀ほども前のことだ

 国際A級昇格後、下位カテゴリーを経験せず、いきなりワークスでトップカテゴリーのGP500を走ったシンデレラボーイ
 その88年、スポット参戦の鈴鹿でのエディ・ローソン、クリスチャン・サロンらとの3位争い、そしてクラッシュ
 史上初めてグランプリで時速200マイルを超えたライダー

 しかしそのキャリアは、必ずしも栄光に満ちたものではなく、またその走りも端正なルックスとは裏腹の泥臭いものだった

 ミック・ドゥーハン全盛期に、何度も掴みかけながら、あと一歩届かなかったグランプリでの勝利 

 92年の8時間耐久での、闇に包まれたヘアピンでハンドルバーの折れたマシンを必死にスタートさせようとする姿

 そして”再起不能”と言われた2007年の転倒…

 どんなに怪我をしても、グランプリを去りワークスを離れても、彼は決してレースをやめなかった
 
 その彼が遂に”引退”を口にした2010年…その長いキャリアに終止符を打ち、故郷宮城で静かに暮らしていた2011年3月11日…

 亡くした親族のため、そして多くの被災者のために、彼がするべきこととして選んだのは”レース”だった

 全日本で表彰台に上り、因縁の8耐では4度目の優勝を成し遂げた

 そして遂に帰ってきたグランプリの舞台…あれほど転倒の多かったライダーが、荒れたレースを走りきって見事獲得した3ポイントは、走り続けることがどれほど尊いことなのか、レースがどれほど素晴らしいものなのかを誰よりも知っていた彼に神様が与えたプレゼントなのだと思う

 彼と同じ時代を走ったライダーはもうグランプリにはいない

 命を落としてしまった後輩も一人や二人ではない

 それでも走り続けてきた伊藤真一のこの日の姿は、この数ヶ月パドックで肩身の狭い思いをしてきた青山博一や、この日伊藤と同じゼッケンでmoto2を走り、転倒してしまった高橋裕紀に、そしてこのレースを見ていた全ての日本の人に、絶対に希望と勇気を与えたはずだ

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# by taros_magazine | 2011-10-14 15:30 | motorcycle diary