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too many to tell…(MotoGP 2011 Round-17 MALAYSIA)
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 若井のときも、大治郎のときも…そして祥也のときも同じだった

 国内で走っている時から、下のカテゴリーで走っている頃から見ていたから…
 雑誌やネット、それにサーキットで、テレビ中継とは違う一面を知っていたから…
 そして何より、日本のライダーだから…

 だから、こんなに悲しいんだと思った

 でも、そうじゃなかった

 250cc時代、あれだけラフ・ファイトを批判したのに
 MotoGPでもロレンゾを巻き込み、ダニを怪我させ…

 なのに、彼のヘルメットがコースサイドを転がっていく最悪のシーンを見た時から、ただただ奇跡を祈り続けた。大治郎や祥也のときと同じように…

 マルコ・シモンチェリは、まぎれもなくグランプリファミリーの一員だった

 パドックでは誰よりも気さくにファンと接し、一触即発だったあのロレンゾとの舌戦でも思いもつかないようなジョークで一瞬で会見場を和ませた

 そんなシッチを、いつのまにか大好きになっていた
 
 だから、彼がいなくなってしまった今、またあのときと同じように深い悲しみがこみ上げ、耐えがたい喪失感に襲われている


 でも、きっとシッチも大治郎たちも、同じ気持ちで旅立っていったと信じたい

 『レースが大好き』だった自分の事故で、ファンが減ったりグランプリが衰退することを望んでいないだろうと…
 
 だから、これからもモーターサイクル・ロードレースを好きであり続けようと思う

 だから、ものすごく寂しいけれど、君のいないレースも見ることにするよ

 
 ありがとうシッチ、安らかに…

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by taros_magazine | 2011-10-28 23:27 | motorcycle diary
" Casey Stoner " (MotoGP 2011 Round-16 AUSTRALIA)
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 この日のフィリップアイランドでのケーシー・ストーナーの走りを見ながら、子供の頃に本で読んだ不思議な話を思い出した

 ある日、イギリス近海で沈没したフェリーからただ一人生き残った泳げなかった乗客
 それから100年ほど後、やはり同じ海域で沈没したフェリーからただ一人救助された泳げなかった船医
 さらにテムズ川で難破した遊覧船から唯一救助された男の子
 そしてさらに数十年後の第二次大戦中、機雷に触れて沈没した漁船から救助された2名のおじとおい…

 この助かった人が全て同じ名前だった、という話だ

 どこまでが本当なのかは今となっては知る由も無い”絶対に水で死なない名前”の話…

 常識や科学では説明できない、何か超自然的な不思議な力が特定の人にだけ作用する…そんなことが、もしかしたら本当にあるのかもしれない…そんな気にさせるほど、ストーナーの走りは特別だった
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 本当なら、かなり高いハードルだったはずの”母国GPでのタイトル決定”も、ホルヘ・ロレンゾのクラッシュと負傷で一気に現実味を帯びた

 強風と寒気で誰もがマシンのコントロールに苦しむ中、ラップごとに1秒近く後続との差を広げていき、雨粒がコースを叩きはじめ、たちまちサバイバルレースの様相を呈しても、ストーナーだけが悠然と走り続けていた

 そう、この”フィリップアイランドでは、"Casey Stoner"という名前は”絶対に転ばない名前”なのではないのか?そう思ったのだ

 一昨年のバレンティーノ・ロッシとの超接近戦、ガチンコのバトルを仕掛けてきた”王者”ロレンゾを一蹴した去年…

 どちらも”最速・最強”の相手が本気でプッシュしていたにもかかわらず、ストーナーはさらに高いレベルで、それでいてまったく破綻の兆しさえ見せない美しい走りで、彼らを倒してきたのだ

 この日、レース後には『何度も転びそうになった』と笑顔でコメントしたストーナー

 でも、ここでのレース中、彼が転倒することなどこれからもないだろうと思う
 
 彼が"Casey Stoner"である限り… 
 
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by taros_magazine | 2011-10-28 22:43 | motorcycle diary
the Racer (MotoGP 2011 Round-15 JAPAN)

c0041105_15265957.jpg もはや自分が”勝負できる”コンディションにないことは、7月の8時間耐久レースの時点でわかっていただろう

 それでも、世界最高峰の舞台に立てる喜びに抗うことはできなかった
 他の誰よりも、そして今でもレースを愛しているから…

 伊藤真一が始めてグランプリを走ったのはもう四半世紀ほども前のことだ

 国際A級昇格後、下位カテゴリーを経験せず、いきなりワークスでトップカテゴリーのGP500を走ったシンデレラボーイ
 その88年、スポット参戦の鈴鹿でのエディ・ローソン、クリスチャン・サロンらとの3位争い、そしてクラッシュ
 史上初めてグランプリで時速200マイルを超えたライダー

 しかしそのキャリアは、必ずしも栄光に満ちたものではなく、またその走りも端正なルックスとは裏腹の泥臭いものだった

 ミック・ドゥーハン全盛期に、何度も掴みかけながら、あと一歩届かなかったグランプリでの勝利 

 92年の8時間耐久での、闇に包まれたヘアピンでハンドルバーの折れたマシンを必死にスタートさせようとする姿

 そして”再起不能”と言われた2007年の転倒…

 どんなに怪我をしても、グランプリを去りワークスを離れても、彼は決してレースをやめなかった
 
 その彼が遂に”引退”を口にした2010年…その長いキャリアに終止符を打ち、故郷宮城で静かに暮らしていた2011年3月11日…

 亡くした親族のため、そして多くの被災者のために、彼がするべきこととして選んだのは”レース”だった

 全日本で表彰台に上り、因縁の8耐では4度目の優勝を成し遂げた

 そして遂に帰ってきたグランプリの舞台…あれほど転倒の多かったライダーが、荒れたレースを走りきって見事獲得した3ポイントは、走り続けることがどれほど尊いことなのか、レースがどれほど素晴らしいものなのかを誰よりも知っていた彼に神様が与えたプレゼントなのだと思う

 彼と同じ時代を走ったライダーはもうグランプリにはいない

 命を落としてしまった後輩も一人や二人ではない

 それでも走り続けてきた伊藤真一のこの日の姿は、この数ヶ月パドックで肩身の狭い思いをしてきた青山博一や、この日伊藤と同じゼッケンでmoto2を走り、転倒してしまった高橋裕紀に、そしてこのレースを見ていた全ての日本の人に、絶対に希望と勇気を与えたはずだ

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by taros_magazine | 2011-10-14 15:30 | motorcycle diary
Cause' (MotoGP 2011 Round-14 ARAGON)
c0041105_14125922.jpg ピットスタートのペナルティを受けてまでも実戦投入に踏み切った待望のアルミフレーム…
 しかし、中位グループに追いついた後の展開は今シーズン何度も見てきた”お馴染み”の光景だった

 『必要なのは時間だ』
 そういい続けてきたこの半年

 現レギュレーションで戦うレースは、すでにこのアラゴンでのレースを含めて5戦、しかも移動ばかりのフライ・アウェイの環太平洋ラウンドを含めた1ヶ月半しか残されていない

 タイトルでも勝利でもなく、ただ”マシン開発の場”と称してグランプリを走り続けるバレンティーノ・ロッシの姿を、1年前に誰が予想できただろうか?

 地元の圧倒的声援の押され最高の走りを見せるケーシー・ストーナーを相手に、すでにタイトルを決めていながらも激しく闘志を剥き出した2009年のフィリップ・アイランド
 そしてディフェンディング・チャンピオンとして新王者ホルヘ・ロレンゾに最初で最後の真っ向勝負を挑んだ去年のエストリル…

c0041105_14132343.jpg たとえ勝てなかったレースでも、ロッシがコース上で放つオーラは別格だった

 たとえ何位でどの位置を走っていても、遠目にもそれがロッシであることが瞬時にわかるほど、彼の走りは輝いていた

 しかし今やブルーやホワイトのマシンの集団の中にあっても、黄色のヘルメットやレザースーツが見えなければ、彼と彼が駆る鮮やかな赤いマシンは特別に目立つ存在ではなくなってしまった

 快走する”去年までのライバル”達のはるか後方で、サテライトのマシンを駆る”今年のライバル”達と組んず解れつを繰り広げるロッシの姿は、まるでピットスタートを言い訳として利用するがためのニューフレーム・エンジンの導入だったのでは?とさえ思えてしまうほど小さな存在に見えた

 残り少ない時間の中、今後も急造のパーツでタイムアップを試みるというロッシ

 ”問題”をマシンに求め続けるその姿が、逆にロッシ本人が”本当の問題”を悟ってしまったように思えてならない 

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by taros_magazine | 2011-10-14 14:40 | motorcycle diary