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葛藤(motoGP 2005' トルコGP)
 
 ついにメランドリが勝った。それも、初開催のトルコで初日のフリー走行から圧倒的な順応力を見せ、予選こそチームメイトの一発タイムにポールを譲ったものの、レースでは逆にそのジベルノーを自爆させ、さらには追いすがるロッシを力で引き離しての初優勝だった
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 これまでケガや大クラッシュをきっかけに輝きを失っていくライダーを何人も見てきた
 超高速の旧ホッケンハイム第1コーナーでグラベルに叩きつけられ、子供のように震えていた傍若無人の天才、ジョン・コシンスキーはそれ以後急速に勢いを失った
 ホーシャム・ハリケーンと呼ばれた豪快な走りで、GPフル参戦1年目で初優勝を記録したケビン・マギーは、ラグナセカでババ・ショバートを傷つけ、さらに翌年自らも重傷を負い、以後は優勝争いに絡むことなくGPを去った
 ダリル・ビーティーも八代俊二も、ケガによる肉体的なハンディキャップよりも精神的な後遺症がレーサーとしての本能を消し去ってしまったように感じる
 
 しかし、もてぎで思わぬ重傷を負ってから、メランドリは何かを吹っ切ったような力強さを見せるようになった
 吹っ切った”それ”は一体何なのか?
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 今はまだ、それが何かはわからないが、そのヒントはチェッカー後のロッシの態度に隠されているような気がする
 
 前々戦カタールのウィニング・ランで、メランドリと固い握手を何度も繰り返したロッシは、このトルコでは”親友”メランドリの初優勝を祝福することを避けるように、ハイスピードのウィリーでピットレーンに帰ってきた
 
 ウィナーズ・サークルでも2人の微妙な距離は埋まらない
 スタッフと喜びを分かち合うメランドリに一瞥をくれ、メカニックにマシンの状況を険しい表情で訴えるロッシ…
 イタリアのプレスたちが陣取る一角の前で、やっと視線を合わせた2人は、笑顔で抱擁をするものの、すぐにまた別々のインタビュアーとの受け答えに去ってしまった

 やがて、表彰式でメランドリのためのイタリア国歌が流れ出す直前、ロッシがサングラスをかけた
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 サングラスのまま静かな表情で国歌を聴き終えたロッシは、そのあとのシャンパンファイトではいつもの”小僧”ぶりを発揮した
 アシスタントの女性にシャンパンを浴びせ、そしてメランドリにも豪快にシャンパンを噴きかけ、笑顔で肩を何度もたたいてインタビュー・ルームへ向かった

 「マルコはとても速かった。ときには全然かなわないほどに…」

 ロッシがこの一言を絞り出すまでには、おそらく想像を絶するほどの葛藤があったに違いない
 何度も首をふりながらクールダウンラップを駆け抜け、スタッフに向かって怒りをあらわにしながら、喜びを爆発させるメランドリを黙殺する…
 崩れてしまいそうな自らのプライドと記録、そして友人関係…それらのすべてに押しつぶされそうになったロッシは、目の前の現実と自らの心の間に”サングラス”という壁を築くことにより、やっとメランドリの速さを客観視できたのではないだろうか?

 最終戦バレンシア…サングラスを外したロッシの目に映るのはメランドリの後姿か、それとも…
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by taros_magazine | 2005-10-26 22:41 | motorcycle diary
期待と願い(motoGP 2005' オーストラリアGP)
c0041105_22335463.jpg 以前、テレビ中継に映し出された転倒シーンを見て、解説していた八代俊二と同じタイミングで「あっ!」と声を出してしまったことがある

 グラベルベッドに横たわるマシンとライダー。そのライダーの左足は、マシンのリアタイヤあたりの下敷きになってしまっていたのだが、駆け寄ったオフィシャルが救助のためマシンを起こしたとき、そのライダーの左足もマシンに引っ張られるように持ち上がったシーンを見たときだった
 
 おそらく八代氏も自分と同じ危惧を感じたんだと思う
 それは「チェーンとスプロケットにつま先を挟まれてしまったのではないだろうか?」ということ、そして「彼も左足の指をすべて失ってしまうのだろうか?」ということを…

 「よくない事なんですが、モータースポーツというものに、私たちはやっぱりクラッシュシーンも期待してしまうんです」
 インディ500を中継したTBSの某アナウンサーがこう言い放ってからもう10数年が経過した
 ミック・ドゥーハンは大好きだったジョギングもできない身体になり、ウェイン・レイニーは下半身の自由を失い、加藤大治郎は帰らぬ人となった
 
c0041105_22341163.jpg 今回のオーストラリアGPでは、フリー走行中にクラッシュしたドゥカティのロリス・カピロッシは胸を強打による肺の血液の凝固で欠場、同じセッションの同じカーブでスズキのケニー・ロバーツは手首を骨折した
 
 レースでも、高速コーナーでマシンから投げ出されたアレックス・バロスは、芝生からグラベルに変わる段差で激しく全身を打ち、そのまま宙に舞い、地面に叩きつけられた

 少なくとも、自分にはグラベルに横たわるライダーの姿を”期待”することなどできない
 何度見てもイヤな感じだし、胸が苦しくなるような光景なのだが…
 
 2輪のレースでは事故は一向に減る気配を見せない

c0041105_22342852.jpg 年ごとに性能を飛躍的に向上させるマシン、レースごとにグリップ力の強大さを増していくタイヤ、そして観客収容数を増やすことのみに腐心するサーキット…

 昨年、あれほど最終コーナーでのクラッシュが多発し、125ccでは赤旗も出たもてぎでは、何の改善策もとらずに開催した今年GPで、同じ125ccクラスで、しかも同じコーナーで、またも赤旗のクラッシュとなった 
 
 鈴鹿では、とって付けたようなシケインがアウト側にセーフティーゾーンのほとんどない箇所に設置された
 これまでクッションの役割を担っていたグラベルは、4輪の制動距離の確保のため、そしてポカミスでグラベルから出られなくなる車両のために、アスファルト舗装に張り替えらた

 どのようなコンディションでも、ライダーたちは全力で走るだろう。なぜならレースだから
 願わくば、彼らをサポートするのが、「クラッシュを期待している人たち」でなく、心から彼らとレースを愛している人たちであることを…


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by taros_magazine | 2005-10-19 22:43 | motorcycle diary
マツケンサンバとF1
 
 トップ画像をちょこっと新しくしたんで、ついでに閑話休題などを…

 この1週間ほどの間に、わが街豊橋の出身者2名が世間の話題となった

 一人は言わずと知れた”マツケン”こと松平健。彼がこのたび再婚したとのことで、テレビで見たような芸能レポーター諸氏も豊橋にやってきているという
 テレビでも触れられていたけど、自分のまわりでも「松平健が駅前のマンションの最上階を買い占めたらしい」というウワサがちょっと前からささやかれていた
 ま、こんな情報はマンション業者か役所からしか漏れないはずなのに…ったく個人情報保護法はどうなってるんだ、などといらぬ心配までしてしまうが、とりあえずオメデタイ話題である

 さて、もう一人は山本左近というレーシングドライバーである
 
 先週、テレビでF1を観戦した人でも、ほとんどの人は知らないだろうけど、今年は国内の自動車レースでも一番人気のGT選手権に参戦している
 豊橋出身で、おまけに学校の後輩ということもあり、「何かのマチガイでF1にでも乗ってくれりゃイイ話のタネになるんだけどなぁ…」なんて思っていたら、急遽金曜日のフリー走行でF1をドライブすることになった

 ということで、行ってきました鈴鹿サーキット!
 平日にもかかわらず、何なんだこの人の多さは!オマエラみんな仕事はどうなってるんだ!(オレモナー)というほどの混雑ぶりである
 
c0041105_22464555.jpg そして驚いたことに、この金曜日しか走らない左近の大(中かも…)応援団が逆バンク出口のスタンドで陣取っていたのである
 一見すると200円くらいで売ってるビニールカッパのような揃いのジャンパーと、ドライバーが見たら思わずペースダウンしてしまいそうな黄色(左近が乗るマシンのチームカラー)の小旗には、それぞれ『左近』と手書きされている…
 恐る恐る応援団長らしきオニイチャンに「豊橋から来たんですけど…」と告げると、「おー!左近応援してくださいね!」と言ってその小旗をくれた

 左近選手はほかのレギュラードライバー2名を差し置き、同じマシンに乗る3人の中ではトップタイムを出し、実に気持ちよさそう
 しかも午後のセッションでは、レースを走らない彼には必要ないハズのスタート練習までやってのける(どうも、「いつでも不振のドライバーに代わって走れるゾ!」というアピールだった様子…)強心臓ぶりを発揮していた

 佐藤琢磨がアレだったので、ガゼン『豊橋からF1ドライバー』が現実味を帯びてきたような…って、気が早すぎなのは承知だけどねー
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(鈴鹿に臨時に開設されていたコレクションホールにて↑)

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by taros_magazine | 2005-10-13 22:53 | toyohashi diary
アクシデントの後で… (motoGP 2005' カタールGP)
 
 このレースを見ながらふと考えた。「今まで親友同士のタイトル争いってあっただろうか?」と

c0041105_23104442.jpg 自分が世界GPに熱中するようになってかれこれ20年以上。最高峰カテゴリーのタイトル争いはいつも”確執”に満ちていた
 おそらくは初めてアメリカ人同士の一騎打ちとなった83年、ケニー・ロバーツとフレディ・スペンサーは終盤の接触を巡って激しい応酬をした
 90年代、ワイン・ガードナーは同じオージーのチームメイト、ミック・ドゥーハンを徹底して格下扱いした
 
 シュワンツとレイニーは親友というよりは、むしろバトルを通じて信頼を深めていった間柄だったし、ドゥーハンに挑んでいったクリビーレや岡田もチームメイトではあったが、最後にはミックを敬遠するようになっていた

 ”天衣無縫”のバレンティーノ・ロッシでさえも、故加藤大治郎へのRC211V供給には異議を唱え、さらに昨年の序盤までは一緒にバカンスを過ごすほど仲の良かったセテ・ジベルノーとは、今でもギクシャクした関係が続いている

c0041105_23125665.jpg そうした中、ロッシとメランドリの仲の良さは際だっていた 
 違うメーカーのマシンを操ることになった2005年も、プラクティスではロッシが前を引っ張ったり、レース後のインタビューでお互いを称え合うようなシーンを見せていた
 しかし、もてぎでのアクシデント…メランドリのインサイドに強引に突っ込んでいったロッシと、それにより足に重傷を負ってしまったメランドリ…
 ロッシに何のペナルティも科されなかったこともあって、本人同士がどう思っていても、チームが、メーカーが、そしてそれぞれの取り巻きは黙っていなかっただろう

 前戦マレーシアではメランドリをパスするのに必要以上に間隔を空けて抜いていったロッシは、このカタールではまるでメランドリに持てる技術を全て伝授するかのように、かなりのラップを先行し続けた

c0041105_23133773.jpg 最後はやはりロッシには勝てなかったメランドリだったけど、レース後にはロッシを祝福にやってきた。そしてロッシは本当にうれしそうにそれに応え、去っていくメランドリを追いかけてもう一度握手をした

 おそらくもてぎから見ていた全てのレースファンの心配を吹き飛ばしたこのシーンに、テレビ解説をしていた辻本聡はひときわ安心していたようだった
 
 1987年、アメリカ、ブレイナード…AMAスーパーバイクシリーズに参戦していた辻本は、フリー走行中にチームメイトの親友、ケビン・シュワンツの転倒に巻き込まれた
 首を骨折してしまった辻本の姿に、それまで”天衣無縫”の走りをしていたケビンは号泣し、それ以後レースには常にプロフェッショナルな姿勢で望むようになり、そして世界の頂点に立った

 幸い、メランドリはこの日完全復活といえる元気な走りを見せてくれた
 残り3レース、親友同士の激しくも爽やかなバトルをぜひ見てみたい


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by taros_magazine | 2005-10-04 23:17 | motorcycle diary