<   2004年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧
somebody beeps
 
 先日、おばあさんの乗った原付と軽自動車の交差点での事故に遭遇した
 軽の運転者は路肩に車を止め、倒れたおばあさんのところに駆け寄った
 そこへけたたましいクラクションが鳴らされた。音の主は荷台にデカデカと社名を入れた4トントラック…どうやら路肩の軽がじゃまで通れないらしい
 もういちど”ビーーーーーーッ”…
 結局、何度も威嚇するように排気ブレーキをはき出しながら通り抜けていった…  

 いったい自動車の”クラクション”っていうのは何のために付いているのだろう?
 これが無いと困る場面ってどんなときなんだろう?
 およそ普段、街を走っていて耳にするクラクションは、そのほとんどが「ジャマだ!どけ!」や「何してやがんだ!コノヤロー!」という”威嚇”か、「おーい、出てこい!」という”呼び出し”のサインだ
 ひどいのになると、夜間の黄色点滅信号を全速力で通過するために、救急車のサイレンのごとく鳴らして走るキチガイもいる
 せいぜい許せるのは「譲ってくれてアリガトウ」の”お礼”のサインくらいなもんで、逆に「警笛鳴らせ」の標識がある区間で鳴らす人はほとんどいない

 これらすべての場面でも”無くてはならない装備”なんていう理由はまったく感じられない
 じゃ何で付いてるのか?しかも世界中の車に?
 結局、車が”道路で威張る”ための道具なんだろう
 車乗ってる人は金持ち、車乗ってる人は偉い人。だから自転車や歩行者は車を見たらすみやかに道をあけろ、というクラクション発明当時(いつだか知らないけど)の時代背景がそのまま引きずられ、やがて「対交通弱者」から「対他の車」に用途が変わっていったんじゃないだろうか…

 もうクラクションなんて無くてもいいんじゃないだろうか?でなけりゃ、せめてブレーキと連動させるくらいのことはしてもいいんじゃないだろうか?
c0041105_2052228.jpg


"taro's magazine" main site…
[PR]
by taros_magazine | 2004-09-21 20:35 | toyohashi diary
「ワタシ見て見て症候群」
 
 「どうして女子高生(くらいの歳の女性)、中でもちょっと足りなそうなヤツ(ま、偏見なんですけど…)に限って大声で話すんだろう?」

 こんなふうに思ったことってないだろうか?
 「普段、騒がしい環境(学校)にいるから、自然と声がデカくなるのか?」いや、だったら男子高校生も同じだろう
 「10台女性の声の波長がシャクにさわり通りやすいのか?」いやいや、だとすると足りなそうな(重ねて失礼…)女性限定という理由にならない

 今日も喫茶店に素っ頓狂な奇声をあげてハシャいでいるバカ女快活そうな女性がいたので、ちょっとウォッチング(決して妙なつもりはありません!)してると、そのバ…(以下略)はデカイ声を出したあとに、必ず一呼吸置いてあたりの様子をうかがっているようなそぶりを見せるのである
 「ん、これは…!」

 同じような光景を15年以上前に見た記憶がある
 当時まだ珍しかった携帯電話。人混みの中おもむろに内ポケットから取り出し、得意満面の大声で話している脂ぎったオヤジ…会話のところどころで一段と声のトーンを上げ、あたりの冷ややかな反応を"羨望のまなざし"と勘違いしてさらにボルテージを上げる…

 「あの女子高生たちは周囲の"視線"を集めたいために奇声を発しているんじゃないだろうか?」
 きっとこれまでの学校生活、たとえば体育祭や文化祭、それにスポーツや学業でも注目を集めるような経験はなかったのだろう
 街を普通に歩いていても誰も注目してくれない…そんなとき、たまたま発した"大声"に何人かが振り返る…さぞ快感だったことだろう

 だとすれば、ある意味究極の"注目のマト"である"凶悪犯罪"に走らないことを願い、あたたかく見守っていきたい…けど、やっぱうるせーよ。オマエラ

"taro's magazine" main site…
[PR]
by taros_magazine | 2004-09-10 20:36 | toyohashi diary