グランプリの60年に及ぶ長い歴史の中には、何度もその歴史を大きく動かすような劇的な瞬間があったのだろう
そしてその反対に、歴史を変えようと敢然とグランプリに挑み、流れを変えたかのように見えた次の瞬間、抗いがたい大きな波に飲み込まれていったモノもあっただろう
この日ブルノの丘で繰り広げられたレースは、グランプリを支配する何者かの大きな意思を感じずにはいられないものだった
それはまるで、タイムマシンで過去へ遡った者が、そこでその後の歴史を変えるような行為をしようとした瞬間、何か“大きな力”によって消し去られてしまう…そんないつか映画で見たシーンを彷彿とさせるほどに…
シーズン序盤、ダニ・ペドロサやホルヘ・ロレンゾ、そしてアンドレア・ドヴィツィオーゾといった若く勢いのあるライダーを中心に、その覇権を奪還するべく乗り込んできたミシュラン…
しかしこのブルノのリザルトに記された赤と青の序列は、無情なまでにその力関係を示していた
もはや疑いの余地無くその“本流”はブリヂストンへと移り変わり、モーターサイクルレースの巨人は今や静かに最後の時を迎えようとしているように見えた
そしてその力関係は、そのままスズキとカワサキ、そして中野真矢に速さを取り戻させ、テック3を再び後方に沈めてしまった
いつグランプリから去ってもおかしくなかったマルコ・メランドリは粘り強い走りを取り戻し、“ロッシに競り勝った男”トニ・エリアスが当たり前のように表彰台に戻ってきた陰で、250からステップアップしてきたばかりのライダー達は為す術なく彼らに置いていかれた
この1年間ほどの間に起きたライダーとチームの勢力図の変化…
チャンピオンマシンは日本製からヨーロッパ製に、そのタイヤはミシュランからBSへと劇的な変化を遂げた
マシンは800ccとなり、250ccからステップアップしてきた若いライダー達があれよあれよと言う間に勝利して見せた
多くのファンや関係者がグランプリの新しい時代を感じ取っていた
そして新しい歴史の流れを受け入れる心の準備をしかけていた
しかし、そんなこの1年ほどの出来事を、土曜日にブルノを覆った黒い雲から降り注いだ豪雨が、荒波のように一気に押し流していった
その荒波に弄ばれるように、その間グランプリを支配してきたケーシー・ストーナーは火花を撒き散らしながらクラッシュした
泥まみれになってしなったイタリアンレッドのマシンを、ただ呆然と見つめるディフェンディング・チャンピオンの姿…
それはまるで、バレンティーノ・ロッシがタイトルを失った2006年以降に起きた変化が、グランプリの“正常進化”ではなく、一世代限りの“突然変異”であったと言わんばかりの、何者かの大いなる意思表示のようだった
そう、まだ誰もロッシを超えてなどいなかったのだ
ロッシという巨星を、自らの100%の力で超えていかない限り、それはグランプリの正常進化とはなり得ないのだ
ブリヂストンの圧勝とロッシの独走…この日14万人が目撃したのは、22ラップのレースに姿を変えたグランプリそのものの意思だったのかもしれない
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