ロッシは心から楽しんでいた
出遅れたがために多少無理な走りで前に出て行くことになってしまったコトも、何度となく強引にかぶせてくるペドロサの熱さも、そしてもちろん思い通りに応えてくれるマシンの挙動も…
彼と同じ”5times champion”のミック・ドゥーハンは、レイニー、シュワンツといったライバルが去っていった後、必要最小限の力で勝利を重ねる走りを確立した
何度も酷いクラッシュを経験した彼にとって、それは王者で有り続けるための最良の方法であったのだろうし、それを実践できる技術と精神力は賞賛に値するものだろう
しかしロッシは、それがもう90回も繰り返してきた出来事だとしても、このルマンで感じたような”楽しさ”があるからこそ、もっと速くなるためにさらに高い限界に挑み続け、そしてもっと強くなるためにこれからも努力を惜しまないだろう…
ついにその身に降りかかった破綻を前にしても、ストーナーはあきらめなかった
「マシンが壊れたから」
「スペアマシンがレイン仕様だったから」
何とでも言える状況の中でも、彼は息絶えたマシンをピットまで運び、グリップしないタイヤで、トップを快走するロッシの25分の1のポイントを獲るために全力を尽くした
ちょうど20年前…彼と同郷の”ディフェンディング・チャンピオン”ワイン・ガードナーは、戦闘力を上げたヤマハと本調子となったエディ・ローソンを相手に苦戦を強いられていた
思うように走らないマシン、手の平を返すメディア、台頭してくる後輩達…
やがて誰からも愛された苦労人チャンプは、マシンやチーム、それにライバルたちに対する怒りを爆発させ、前年のタイトルの価値すら貶めるような言動を繰り返した
同じようにプレッシャーにさらされているディフェンディング・チャンピオンに、これまで絶対的な信頼性を誇っていたデスモセディッチも、何度も運を呼び込んだ雨もこの日は味方してくれなかったが、ストーナーが見せた純粋な執念は、とても崇高で美しいものだった
走れば走るほど鬱積していくフラストレーション…ニッキー・ヘイデンは今週もつまらない週末を過ごすことになった
国内タイトルを総なめし、最強のワークスチームからのグランプリデビュー、ついに花開いた2006年、そして屈辱の2007年…
エースの座を剥奪され、その才能さえも疑問視されるようになってしまった今こそ、あの偉大なチャンピオンのことを思い出してほしい
1984年、ニッキー同様にアメリカでの華々しい実績を引っ提げ、満を持して乗り込んだグランプリで、慣れないマシンと押しがけスタート、そしてヨーロッパでの生活に追われるように去っていった挫折…
しかし、彼は88年に再びその場所に戻ると、以前とは見違えるような威厳と自信に満ちたライダーに成長していた
”偉大なるチャンピオン”ウェイン・レイニーの3連覇は、屈辱の84年の後も決して自信を失わず、自らの才能を信じ、そして自らの意志で走り続けたからこそ、掴むことができた栄光なのだ
ニッキーから笑顔が消えて久しい
しかし、彼の目は未だ強烈な輝きを放ち、しっかりと前を見据えている
そしてその目線の先には、きっとあの日のバレンシアと同じような栄光の瞬間が見えているはずだ
"Champion"
その真の栄冠は、グランプリを、レースを、バイクを愛し、そしてバイクに愛された者に与えられる…
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