残像(motoGP 2005' 日本GP)
 
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 2003年の鈴鹿8耐に、「きっと大治郎の追悼ムード一色なんだろうな…」と勝手に想像して現地へ行った
 しかし、あの事故の起きたシケインにこそ多くの献花とメッセージが添えられていたものの、その他では、サーキットの売店でも、パドックでも特段そんな雰囲気は感じられなかった
 何より違和感を覚えたのは、参加しているライダーたち…特にホンダワークスの宇川や井筒から当然聞けると思っていた『大治郎のために…』というセリフが、予選から決勝までほとんど出なかったということだった

 「きっと優勝したときのために、そのセリフはとってあるんだろう…ゼッケンの”7”の横が不自然に空いているのは、ウィニング・ランのとき、そこに”4”のステッカーを貼るためなんだろう…」などというあらぬ期待まで持ってレースを見ていたが、結局ホンダ・ワークスは2台ともツブれ、首位を走っていたKENZのトラブルで優勝をさらったホンダのサテライトチームが勝ち、やっとお約束のセリフを言った 『大ちゃんが勝たせてくれた』

 あれからもう2年以上の時が流れた

c0041105_22214119.jpg なのに日本人はおろか、外国人までがいまだに”ダイジロウ”の残像をサーキットに見ている。いや、むしろ時を経るごとにその傾向は強くなっている気さえする

 この日、久しぶりに日の丸をメインポールに掲げた青山のツナギには、motoGPクラスの多くのライダーと同様に、当然のように”74”のワッペンが縫いつけられていた。そして”75”が彼のゼッケンで、このGPで予選3位に入った彼の弟のゼッケンは”73”だった
 
 さらに日頃は大治郎について多くを語りたがらないロッシのヘルメットにまで”74”のステッカーが貼られ、昨年のこのもてぎで優勝し、今年も3位表彰台を得た玉田は「オレが世界一になれば、オレより速かった大ちゃんが一番だと証明できる」と公言している

 でも…もういいんじゃないだろうか?
 
 大治郎は速かった。間違いなく世界の頂点に立つライダーだったはずだ
 それは充分にわかっているし、今でも彼の走りをもう一度見たいと思っている

c0041105_2222699.jpg  でも、これから世界に出て行くライダーや、今世界の頂点でバトルをしているライダーたちは、いつまでも彼の残像を追いかけていてはいけないと思う
 
 ”ドゥーハンがいなかったから…”とか”大治郎がいたら…”とか…
 世界最高峰のレースの魅力を、こういうことでスポイルしてしまうのはあまりにも悲しいし、何より彼ら自身を失望させてはいないだろうか?

 自分たちはなぜ大治郎を応援していたのか?
 それは彼に”夢”を抱いていたからである

 その夢を今実現できるのは、今日もてぎを走ったライダーたちなのだ

 
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by taros_magazine | 2005-09-18 22:25 | motorcycle diary


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