時代は変わる (2005 鈴鹿8時間耐久ロ-ドレース)

 「8時間耐久レース」は、その役目を終えたと思う

 新婚旅行のメッカとしての熱海や、バブル景気の象徴としてのジュリアナ東京と同じように、日本の”バイクブーム”の頂点としての8耐は、これで完全に終わったと思う

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  名物であったはずの”ドラマ”があまりにも少なかったから?GPライダーに鼻であしらわれるようになったから?それとも目一杯水増ししても全盛期の半分以下の入場者数だから…?

ハッキリしてるのは、鈴鹿に足を運んだファンの意識が、もはや”祭り”とか”感動”というモノから離れているという事実と、それにもかかわらず『真夏の祭典』で『感動の花火』とかという方向でしか盛り上げ方を知らない運営サイド(一部のエントラントも含む)との溝の果てしない深さである

 今回のレースでいちばんショックだったのは、ヨシムラのクラッシュでも、北川のペナルティでもなく、転倒してピットに戻ってきた岡田忠之の”笑顔”だった

c0041105_21502844.jpg  かつて世界GPの頂点で闘い、今やHRCを率いる立場にいる者が、耐久レースの最中に自ら犯したミスによる修復作業のさなかで、笑顔でインタビューに応じる…

 もちろん、多少の”照れ”と「どうせガチンコじゃ勝負にならない。見せ場を作らなきゃね」という心理が作らせた笑顔だろうけど、少なくとも自分が「世界の岡田」に期待していたのは、昇格したての若いライダーのようなNO FEARな速さではなく、舌を巻くような”強さ”だった

 『お祭り』として楽しんでいるライダーと、『レース』を見に来ている観客
 かつて奇跡の上に奇跡を重ねて両立していた需要と供給は、重ねた年月の分だけ…正確には観客がとった年の分だけバランスを崩し、くしくも多くのバイク雑誌が”8耐再生論”を企画した2005年夏、それは完全に崩壊した

c0041105_21505035.jpg ”ハチタイ”が、ライダーとチームの純粋な力のぶつかり合いとしてレースを見せてくれるその日まで、自分はもう夏の鈴鹿へ足を運ぶことはないだろう

 徳留や出口、それに清成が見せてくれた魂の走りが、多くのライダーと関係者の心を動かすことを期待して…


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by taros_magazine | 2005-08-01 21:54 | motorcycle diary


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