サッカーのディエゴ・マラドーナなら、あのスペインでのワールドカップのイングランド戦での”5人抜き”がある
野球なら、”ミスター”長嶋茂雄が天覧試合という一世一代の見せ場で放ったサヨナラホームランだろう
2輪のレースでも、傑出した速さを持つライダーなら決して忘れられることのないシーンというものがある
それはホッケンハイムでのケビン・シュワンツのミラクルブレーキングやラグナセカでのバレンティーノ・ロッシのダート走行のように勝負を決めたシーンとは限らない
アンダーストープで宙に舞ったウェイン・レイニーの姿、陽の落ちたホームストレートでウォールに立てかけられたTECH21…
それらの記憶は、たとえリザルトシートには記載されなくとも、そのライダーの伝説をいっそう美しいものに飾り立てていくのである…
この日、国際映像の主役は”ブービー”達のバトルだった
まるで4輪のF1のようにスタート直後から秩序だってチェッカーめざして走り続けるトップ6…
レース終盤には、勝利めざして快走するストーナーにカメラが向けられることはほとんどなかった
ケーシー・ストーナーという卓越した速さを持つライダーが勝利することが”つまらない”と言われるようになって久しい
それはホンダ時代のロッシのように『勝つことが当たり前』すぎてリザルトやレース展開に興味が持てない、というようなものではない
タイトルを経験し、今シーズン無敵の強さを誇りながらも、これまで伝説や名シーンというものの主役を演じたことのないライダー…
それが序盤からスルスルと前に出て後続をジワジワと引き離すや、そのまま大きなドラマを演出することなく淡々と速い周回を重ね、そのままフィニッシュする勝ち方…まさしくこの日のようなレーススタイルが”つまらない”のだと思ってきた
しかし、それがは大きな間違いだったに気づいた
この日の彼はいつにも増して驚異的な走りをしていた
誰よりも早いタイミングで、誰よりも大きくスロットルを開けていた
誰よりもクイックにマシンを切り返し、誰よりも激しくリアをドリフトさせていた
思い通りにならないデスモセディチで傑作マシンM1に乗るロッシを追いかけていた08、09シーズンのように、このカタルニアのダイナミックなコースを息が詰まりそうな限界の走りで攻めていた
そんな魂のこもったライディングをしながらも、レース後に彼は”余裕の勝利”だと語ったのだ
自分は騙されていたのだ
誰よりも鋭い牙と爪を持ちながらも、”涼しい顔”で勝利をさらっていくケーシー・ストーナーというキャラクターに…
煮えたぎるような勝利への執着、あまりに貪欲なスピードに対する欲望…
時にそれはライバルの地元での勝利という”空気の読めなさ”として、またある時はバトルすら不要なレースを量産してしまう
彼の勝利が”つまらない”理由…それはストーナーの問題ではなく、彼のライバル達が彼以上に激しい走りをしていないからに他ならないのだ
”パーフェクトマシン”212Vのポテンシャルを100%引き出して走るストーナー以上に攻撃的な走りが期待できるライダー…それは、やはりマシンの性能を超えて120%で走ることのできるあのライダーしかいないのかもしれない
そしてその時、ストーナーが真の主役になるとしたら、それはこれまで誰も見たことがないほどハイレベルで壮絶なシーンになるだろう