"Rossi Rules" (MotoGP 2011 Round-2 SPAIN)
 あえて蒸し返そう、あの日のことを…

c0041105_17291663.jpg 1989年、鈴鹿。130Rをクリアしてきた2台のF1マシンの間隔は、これまでの数周の中では最も開いているように見えた

 『このラップは無理だろう…』

 しかし、それまで何度もシケイン進入でアラン・プロストのインをうかがっていたアイルトン・セナのマクラーレン・ホンダは、最初からこのラップで差すと決めていたかのように猛然と襲い掛かった

 インにネジ込んできたセナを、プロストが右のミラーで何度も確認しているのがシケインのスタンドからはっきりと見て取れた

 そしてプロストは軽く右にステアリングを切り、最もリスクの少ない方法でタイトルを決めた…

 
c0041105_17384216.jpg 1998年、アルゼンチン…もう何も起きないはずだった

 後は、最終コーナーを抜けてタイトル獲得を告げる歓喜のチェッカーを受けるだけだった

 そしてチームと喜びを分かち合い、中でも最後まで死力を尽くして闘ったチームメイトのイタリア人からは祝福の言葉をかけてもらうはずだった
 1993年にピエール-フランチェスコ・キリがそうしてくれたように…

 しかしこの年のチームメイト、ロリス・カピロッシが最終コーナー手前で原田哲也にくれたのは、コーナーリングとは程遠いスピードとラインの"suicide attack"だった

 当然のように下された失格の裁定を受け入れることのできなかったカピロッシは、コース外でもバトルを挑み、執念でタイトルを手に入れた

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c0041105_17553686.jpg ブレーキングポイントの手前の段階でも、バレンティーノ・ロッシとケーシー・ストーナーの差は"one chance"には見えなかった

 それでも、ロッシはストーナーのインの迷いなく飛び込んでいった

 追い上げてきたリズムを崩さないうちに
 タイヤのトレッドが加熱しないうちに…

 しかし、そのスピードはロッシのコントロールを完全に超えていた

 火花を散らしながらストーナーの212Vのフロントを払うように滑っていくロッシと彼のマシン…2人にとって最悪の瞬間が訪れたかに見えた

 しかし、最悪は”被害者”であるストーナーにだけ訪れた

 ストーナーが自力でマシンを起こし、コースマーシャルたちに「押してくれ!」と叫んだとき、ロッシはすでに多くのマーシャルたちの力を借りて再スタートを切っていたのだ

 結局、ストーナーのマシンは再び息を吹き返すことなかった
 ストーナーにできることは、走り続けるロッシに対して拍手してみせることだけだった


 ロッシが故意にストーナーに当てていったとは思わない。それどころか『もしかしたら…』とさえも思っていなかっただろうと思う

 レース後の謝罪についても、ストーナーが言うようにペナルティーを回避するためなどではなく、あの時できることをまずしただけだと思う

 それでも、この件を通じてなにか違和感を感じざるを得ない 
 
c0041105_1113510.jpg それは、あのラグナセカでのバトルについてストーナーが主張し、もてぎで同じようにホルヘ・ロレンゾが主張したこと…そしてこの日のマーシャル達に対してやはりストーナーが抱いた疑惑と同じモノではないだろうか?

 ”ロッシは特別扱いされている”

 それはロッシのライディングの問題ではなく、運営サイドに対する疑問である 

 近年、テレビマネーに媚びるあまりレースの本質から逸脱したレギュレーション改正を繰り返すF1…しかし、そんな運営の中で良心を感じる数少ないモノが”接触は原則審議対象になる”という傾向だ

 それに対しFIMは、シリアスな事故が続いているにもかかわらず、ストーナーやロレンゾの疑惑に対し口をつぐんだままだ


 『アラン、君がいなくて寂しいよ』 
 
c0041105_1454517.jpg あの因縁のクラッシュから5年
 テレビ中継の解説をしていたプロストにコックピットから無線で呼びかけたセナ…2人の和解はセナが天国へ旅立つわずか数時間前の出来事だった

 不毛な確執が取り返しのつかない事故の引き金にならないために、今一度ルールの明確化を望まずにはいられない 



 *高橋江紀選手の逝去に際し、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします
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by taros_magazine | 2011-04-29 18:09 | motorcycle diary


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