Ruthless Aggression (MotoGP 2010 Round-14 JAPAN)
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 バレンティーノ・ロッシとホルヘ・ロレンゾのラスト6ラップに亘る激しい接近戦は、アンドレア・ドヴィツィオーゾを相手に”退屈な勝ちパターン”をほぼ決めたケーシー・ストーナーを無視するかのように、もてぎのファンを大いに熱狂させたという

 近年ではあのラグナセカでのロッシVSストーナーの大バトルを、そしてオールドファンには89年から何年も続いたウェイン・レイニーとケビン・シュワンツのそれを彷彿とさせ、久々にモーターサイクルレースのバトルの面白さを見せつけたレースとして、世界中のファンを喜ばせたようだった

 そしてレース後、ロッシがいつものようにバトルを”エンジョイ”できたとコメントしたのに対し、もう一方の主役であるロレンゾは、ラグナでのストーナーや2005年のヘレスのセテ・ジベルノーの件を引き合いに出し、ロッシとその走りを容認し続ける運営サイドを激しく非難した

c0041105_2351034.jpg しかし、これらの”激しすぎるバトル”を含めて、ロッシはグランプリを盛り上げるヒーローとして最終的には肯定されてきた

 ロレンゾを擁護すべきヤマハチームでさえも、バトルそのものの危険性ではなくチームの利益という観点からロッシに注意喚起して幕引きを図り、当然のごとく運営サイドからは何らペナルティを課されることはなかった

 つまりは『ロレンゾもほかのライバルも、ロッシと同じように熱いハートと圧倒的なテクニックを持って対抗すればいいだろう』…それが今回のようなバトルに対する大方の見方なのだろう

 しかし、今回に限っては違うような気がしてならない

 あのコークスクリューでのストーナーとのバトルは、チャンピオンシップを奪回する上で絶対に勝たなくてはならない1戦であり、またマシンの戦闘力の差をカバーするために、当のロッシ自身が誰よりもリスクを背負ったオーバーテイクだった

 ヘレスの最終ラップの最終コーナーも、ロッシは確かに強引にインに入ったが、その時点でジベルノーにはクロスラインという選択肢もあったように思えた

 そして何よりも決定的にこれまでのロッシと違うのは、バトルの相手に対する”Respect”が感じられなかったことだ

 お互いに激しい敵対心を持っていたAMA時代を経て、グランプリで対峙するようになったレイニーとシュワンツの”曲芸”とも言えるドッグファイトには、常に相手に対する絶大な信頼と敬意が感じられた
 
 だからこそ、あれだけ激しいオーバーテイクをお互いに繰り返しながらも、レースが終われば表彰台でヘラヘラと笑って話ができたのだ
 
 タイトルはもちろん、レース終盤のトップ争いでもないポジションで、すでにチャンピオンシップが絶望的なロッシがリタイヤだけは避けたいロレンゾに肉弾戦を挑む…”ドアを空ける、空けない”以前の段階ですでに”アンフェア”ともいえる状況で、ロッシは何を誇示したかったのか?

 こういう時こそ、純粋な走りの凄さでライバル達の尊敬を勝ち得てきたのがバレンティーノ・ロッシではなかったのか?

 すでにタイトルを失うことが決定した今、ロッシはもっと大切なものまで失おうとしていることに気づいているのだろうか?
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by taros_magazine | 2010-10-09 23:18 | motorcycle diary


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