
グレーの空、上がらない路面温度、ウェットパッチの残る路面…
マシンを操り速さを競う上で本来ならマイナス要因にしかならないこれらの条件も、”熱く”なったライダーを止めることはできないことを多くのファンが知っている
ついさっきまで降っていた雨がやっと乾きかけた89年春の鈴鹿のフリー走行
2台で絡みながらコースレコードどころか”永遠”と言われた絶対レコードまで更新してみせたウェイン・レイニーとケビン・シュワンツのタイムが”進化したタイヤとマシンの賜物”でないことは、同じセッションを走っていた他の3人のワールドチャンピオンのタイムが、この2人から1秒も遅いものだったことが証明していた
国内選手権で、そしてこのグランプリで、常に比較されてきた同郷のライバル
それは1つしかない頂点を目指す時、必ず立ちはだかる強大な壁であり、その速さを知っているからこそ全力で倒さなければならない相手だから
まるでその姿やサインボードに表示されるライバルのタイムにアドレナリンを誘発されたように、冷えた空気の中に吹き抜ける熱風…
このヘレスの予選で見せたホルヘ・ロレンゾとダニ・ペドロサの2人の”熱”は、ここがホームタウンということも相まってもはや手が付けられない熱さだった
ロレンゾは信じられないほど深いバンク角で旋回し、ペドロサは最終コーナーのクリッピングからコントロールラインまでフロントを浮かせたまま駆け抜けた
1000ccのYZR-M1と抜群の相性を見せるカル・クラッチローをグラベルに葬り、王者ケーシー・ストーナーをも蚊帳の外に追いやっての2人だけの文字通りの"Heat"…
残り15分からの”叩き合い”は、日曜日のレースが息を呑むような"show"になることを確信させるに十分な”予告編”だった。しかし…

スタートダッシュを決めたかに見えたペドロサを、ストーナーは一気に追い詰めた
すぐさま反応したロレンゾを引き連れながらも、一度も振り返らずただひたすらにハイペースで走り続けるストーナー…

予選”ヒート”を見ていた10万人を超える地元の大観衆も、テレビで見ていた多くのファンも、ここからスパニッシュ主演のドラマが始まると期待したことだろう
しかし、ここで3位以下の経験がないペドロサも、序盤にリズムを乱し、なかなかトップグループに迫ってこない
様子を窺っているかに見えたここで2連勝中のロレンゾも、ワンチャンスの射程距離ギリギリのところから詰められない
異様な膠着状態が続く中、残り4ラップとなったところで遂にロレンゾがストーナーに迫っていった
何度も最終コーナーでインを狙うロレンゾ…しかし、腕上がりに苦しんでいるはずのストーナーが最終ラップを前にさらにマシンにムチを入れると、ロレンゾに追いすがる余力は残っていなかった…
これまで何度も、ライバルの地元でその速さを見せつけて勝ってきた"KY"ストーナー
しかしこの日の彼は決して"Show Spoiler"ではなかった
最後にスパートした際の、イン側の縁石にさえブラックマークを引いていく驚異的な走り…それは、真後ろで見ていたロレンゾはもちろん、ライバルの地元のファンをも納得させる見事なものだった
絶好調でホームタウンに帰ってきた英雄2人を両脇に従えて、初めてこのヘレスの表彰台の真ん中に立ったストーナー
新時代のMotoGPの聖地で、大観衆に拍手で迎えられた彼は、まるでオーストラリアで勝った時のように嬉しそうだった
決して雄弁でもなければ、派手なパフォーマンスでウイニングランをするタイプでもない
しかし、純粋にその走りの凄さで自らを主張しつづけてきたストーナーは、この日堂々たる”Showの主役”として、誰よりも輝いていた